From a Corner of Somewhere

ユーラシアを北から南まで旅した記録 日本語と英語で書いてます。 Traveling From the North to the South of Eurasia

No.8 サンクトペテルブルグのキリン

 小学生の頃、僕はよくロシアとドイツを混同していた。多分、東西ドイツ間の対立と、旧ソ連とアメリカの対立の関係を上手く理解できていなかったからだろう。そんなわけでロシアにはナチス社会主義の悪いイメージから「ひどいことをするわるいやつ」だと思っていた。時が経ち歴史を学ぶに連れてこうした誤った認識は無くなっていったが、日本で生活しているとロシアの情報は中々入ってこないので、ロシアは依然として謎のままであり、首都モスクワは謎の中心地であった。そのモスクワに、フェリーと電車を乗り継いで日本の境港を出発してから14日目にして着いたのだ。しかし、モスクワでの気持ちの高ぶりはここがピークであった。ユースホステルに荷物を置いて、赤の広場クレムリンなど有名な観光地を回ってみたが、思ったほど気持ちは高揚しなかった。 もちろんロシア式の建築や繊細な装飾など、興味をそそられるものはあったが、どこかしっくりとこない。心を捉えてはくれなかった。パックパッカースタイルの旅行は大学生の頃からもう何回もやってきたわけだが、観光客で溢れかえる場所にあまり魅力を感じなくなってしまったのだろうか。もちろん自分も彼らと同じく、各国の文化や歴史を消費する一旅行者なので、そんなことを言う権利はないのだが。

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 結局モスクワの滞在は二日で切り上げ、三日目の朝はにサンクトペテルブルクに移動することにした。ここはヨーロッパの匂いがする街だ。モスクワでは観光客以外のアジア系の人もいたが、ここではほとんど見かけない。また街中を走るスポーツカーや商品サンプルを配布している人、移動式のコーヒー屋など、今までの街ではほとんど見かけなかった資本主義の香りがするものも増えてきた。西欧諸国の大都市と比べても遜色ない街並みである。街の中心部にあるイサク聖堂の展望台から綺麗な夕焼けを眺めることができると聞いていたので、昼間は適当に街中を歩き、近くのカフェで友人からもらったエッセイを読みながら夕方までの時間過ごすことにした。日本を出発する前に訪れた京都で会ったときに、これからシベリア鉄道でヨーロッパまで行くという話をすると、偶々持っていたものを餞別としてくれたのだ。この本の作者である米原万里は日露語同時通訳者であり、ロシアとその文化に大きな愛情を持っている。軽妙ながらも深いところを突いてくる語り口に引き込まれてどんどん読み進めていった。彼女のように知識と経験があれば、この国も違って見えてくるのだろう。一つの国を、一つの文化を旅していくのであれば、その本質を知ることができるのかもしれない。周遊の旅になると、どうしてもその表面だけをなぞって次の町へ移動してしまう。これからどのように旅をしていくのかを考えなくてはならない。なに、時間は腐るほどあるのさ。

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 陽が大きく傾いてきた頃にイサク聖堂の展望台に登った。中心部にあるこの聖堂からは、街を一望できる。僕以外にも多くの人がこの時間に集まっていた。ふと遠くに目をやると、川岸に20台ほどの黄色いクレーンがキリンの群れのように首をもたげている。歴史ある建物が並び立つこの街にはふさわしくない無機質な異物であるが、その異様さに心惹かれてしまった。キリンのかたちをした機械が、この歴史ある街を侵略し食い散らかそうとしている、そんなイメージが頭の中に浮かんで来たのだ。周りの人たちは誰もそんなものは気にしていない。当然だ、あんなものはただの異物でしかないのだ。この街では誰も僕を知らない。どこに行くのか何をするのか何て誰も気にしていないし、ましてや何かを強制されるなどありえないのだ。どんなことに興味を持ってもいいし、他の人が気にも留めないことに感動したっていい。

 

 夕陽が沈むのを見送った後、遠回りして帰ることにした。何か面白いものが見つかるかもしれない。

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